第1章  はじめに  契約書の基本

 

 契約書についての基礎知識
(1)契約書作成にあたってまず理解すること

 ここでは、契約書の作成、契約の締結について必要な基本的事項をまとめる。トラブル
が生じた場合、法律的にはどのような判断がされるかというと、まず、①当事者の意思-
当事者間の契約-がどうであるのかが検討される。

 次に契約がないときは商慣習がどうなっているかが検討され、商慣習もないとすると、③最後に民法、商法、著作権法といった法律に判断がゆだねられる。

 当事者間の意思の次に商慣習が重視されるわけだが、この業界は業界が成立してからの日も浅く、未だ確固たる商慣習が成立しているとは言い難いといえる。

 一方、法律といっても、民法にしても明治時代に制定されたもので、コンピュータソフトウェアの開発・利用といったことは予想もしなかったことである。それだけに今日の実情に合致しない面が多々ある。このようなことから、何よりもまず契約できちんと取り決めておく必要があるわけである。

1)証拠文書と有価証券

 契約書を初めとする法律文書の作成にあたっては、まず、法律文書が有価証券と証拠文書に分けられる、ということを認識していただきたい。

 有価証券というのは、文書と権利が一体化したものである。抽象的な権利が紙になって
いる-金銭を受け取るには“それ”がなければできない、“それ”がなければ権利行使ができないということである。小切手や手形は有価証券の典型的な例である。

 ところが、借用証書はそれを持っているからといって、誰もが借主から金の返済を受けられるわけではない。単に金を貸したということの証拠にすぎない。借用証書をなくしたからといって金を返してもらえなくなるわけではない。トラブルを避けるために他に証明する方法を考えればそれで済む。

 ところが、有価証券は紙一枚ですべてが決まる。従って「ここにこれだけのことが書いていなければ無効にする」と、一定の様式を効力の要件としている。証拠文書はなくてもよいわけだから、一般的には何ら様式の制限がないのである。

 すなわち、プログラムの使用契約にしても、プログラムの開発契約にしても、今の契約はすべて「不要式契約」だということである。ということは、口頭でも書面でもよいということになる。書面の場合も、法律上特に形式は決まっていない。契約書は後日の立証上便利だから作るわけである。契約書がないと、なにか契約をしていないと思っている人がいるが、これは誤解である。

 それについて後日の立証のためと前述したが、正確にいうならば特約条項の立証のためといったほうが適切である。よく法律の条文をそのまま契約書に記す人がいるが、無意味なことである。法律にない取り決め、もしくは任意規定と異なる取り決めを立証するのに必要なのである。もちろん、注意を促すために敢えて法律と同様のことを書いても実務上は無意味ではない。

 こういうことから無効となる特約を敢えて入れておくことも、実務上は行われている。というのも相手がそれを知らない場合もあるし、知っていても法律はこうだけれど約束は約束としてみてくれる人もいるからである。法律的な意味を理解した上で、実務上はこういうテクニックを使うことも当然必要になってくる。

2)任意規定、強行規定、取締規定                       

 各条項の説明に入る前に法律というものが三つに分けられる、ということを認識してもらいたい。この認識がないと、後になって法律的な判断をするうえで誤りやすいからである。その一つを取締規定、他の一つを強行規定、最後のを任意規定という分け方を一般にしている。法律条文を読む場合、その条文が三つのうちのどれに該当するかを理解することがまず大切である。

 取締規定というのは、この条文に違反すると処罰される-例えば罰金とか科料とか、も
っと重ければ懲役-といったような規定である。ところが、この取締規定の特徴は処罰は
されても契約の効力には影響がないすなわち有効であるということである。

 具体的に例を挙げると印紙税法という法律がある。この法律の条文の多くは取締規定である。契約書、領収書に印紙をはらせて国が収入を得るというのがこの法律の目的なので、過失で印紙をはらないと、はるべき印紙の約三倍のお金を過怠金として取られてしまう。

 
しかし、印紙をはっていない契約書や約束手形は無効だということにはならない。印紙をはっていない契約書、領収書も有効である。これは取り締まり目的を達成するために違反者に罰則を適用するだけであって、その効力までを奪うものではないからである。だから、印紙がはっていないからといって、判を押したりすることは危険である。

 この次に挙げるのが強行規定といわれているものである。これは、これに反するものを
すべて無効にしてしまう、効力をも奪ってしまうものである。借地借家法という法律がある。借地借家法は強行規定から成り立っている。

 例えば、期間2年の約束で人に建物を貸したとしよう。2年が経過したから建物を明け渡してほしいといっても法的には認められない。借地借家法の更新の規定は強行規定である。従って2年たったら明け渡すといった取り決めは無効である。ただし、無効といっても契約全体が無効になるわけではなく、期間の取り決めだけが無効になるのである。

 さらにもう一つ任意規定というのがある。これは、もしお互いが法律の規定と反する契約をした場合、契約が優先され、法律の規定は適用されないというところに特徴がある。
お互いが何の取り決めをもしないときに補充的に適用される。

 例えばコンピュータソフトウェアの売買契約書の作成にあたっては印紙をはらなければならないが、この印紙代はどちらが負担するのであろうか。民法上は、お互いの話し合いで決めるというのが原則であるが、あらかじめ取り決めをしていなかったため後で争いが起こった場合には、裁判所は民法の規定に基づいて判断する。

 民法558条の規定をみると、「売買契約ニ関スル費用ハ当事者双方平分シテ之ヲ負担ス」とある。民法上は折半ということになっている。しかし、これは任意規定であるから、契約書の中に「売買費用は買主の負担とする」という契約をしていれば、当然、この契約が優先するわけである(民法91条)。このような規定を任意規定と呼んでいる。

 民法の第三編に債権編の規定があるが、ここの規定は原則として任意規定である。誤解を避けるために正確にいうと、399条から696条の間の規定はまず任意規定である。
この中には売買、請負、賃貸借などの取引の規定がほとんど含まれている。   

3)基本的契約条項と付随的契約条項

 なお、契約書の契約条項は基本的契約条項と付随的契約条項に分類できる。前者の違反は契約の存続そのものを左右する。例えばプログラム使用料の不払いについての条項は、当然、基本的契約条項である。付随的契約条項とは、円滑な取引関係が営まれるための “規則”的なものである。このなかには、法的拘束力そのものがあるか否かが問題となるような訓示規定、紳士協定といわれるものがある。

 例えば、「技術の向上に努めなければならない」といったようなものである。この他、注意規定というのがある。これは、法律の条文と同じ内容を、相手に注意を促すために書いておく条項である。契約書を見たり、作成する場合、このあたりの判断も重要である。